2006年07月02日

ラグビー海外留学 ニュージーランド

[ MEMO ]

これまでに直接伺った話や、このブログへ送られるメールの中で一番多いのが、ラグビー海外留学についての質問や、興味はあるがどういったものなのか、といった内容のものだ。またその中で、ラグビー海外留学の正確な情報の不足から、不安や疑問を持たれている方が非常に多いことが分かった。

ぼくはこれまでにニュージーランドとイングランドでのラグビー留学を経験している。ぼくの体験談がすべての方に役に立つかどうかは分からないが、海外でのラグビーを目指している方々の参考になればと思い、実際のエピソードも交えながら数回に分けて紹介していきたいと思う。
(前回はかなり簡単にラグビー留学について書いたけども、今回はより詳しくラグビー留学について紹介出来ればと思っている。前回紹介したMEMOはニュージーランドラグビー留学1

第一回目となる今回はぼくの個人的なラグビー留学を決断するまでの経過なので、ラグビー海外留学の参考にはならないかも。

ぼくはラグビーの本場で自分の力を試してみたいという夢を長年心に抱いていた。もし行くとすれば1年くらいは腰を据えてとことん試してみたいと。そんな夢を抱きつつも、気付けば会社に就職して4年が経過していた、当時26歳。1年間の休職を許してくれるほど会社は甘くなく、となれば辞めて行くしかないがそうすると無収入になる。独身ならば何とかなるだろう、しかし当時結婚したばかりであった。果たして妻が許してくれるのか?それ以前に、そこまでして海外に行く必要、そして価値があるのか?

何不自由のないそれなりに充実した生活を送っていると、次第にそんな情熱も冷め忘れ去っていくものだ。そんな満ち足りた生活を捨てて行くには、多大なる情熱と決意、周囲の説得、そして何よりもきっかけが必要であった。

しかしきっかけはおのずと訪れた。ほんの些細な出来事で、うっかりすると何事もなかったかのように忘れ去られそうな、そんな小さな出来事だったけど、きっかけにするには十分だった。それにより、ぼくの海外でラグビーがしたいという情熱がむくむくと大きくなり、気付くとその気持ちは揺るぎない大きなものに変わっていた。

周囲の説得はどうなることかと思ったが、意外にも妻や家族はあっさり了承してくれた。むしろ喜んでいるようであり、おそらく海外に行ける♪と思ったのであろう。拒むものは何もなく、27歳の誕生日を目前にしてぼくは海外へ行くことを決断した。

ただ勢いだけではやはり行けないもので、1年後帰国した時のためのリクルート活動も怠らなかった。幸い出発直前にチームも決まり一安心し、思いっきりラグビーを楽しんでこようと心に誓ったのだ。


2002年5月〜8月 NewZealand クライストチャーチクラブ
(2002年8月〜2003年2月 London ロザリンパーク

つづく。

Posted by muko @ 15:59 | コメント (0) | トラックバック (1)
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